【レビュー】村田沙耶香のコンビニ人間で感じたこと。

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どこからか「コンビニ人間」という文字を見だした。前回は「何者」を読んでみて感想を書いたけども、今夏は「コンビニ人間」について書いてきたいと思う。

一般的にみる通常と異常を対比しながら物語は進む。ハッピーエンドとかの物語ではない。最後もスカッと終わる感じでもない。この本を読んでなにを考えるかだ。

さぁ書いてきましょう。

作者は誰だ?

村田沙耶香

2003年、『授乳』で第46回群像新人文学賞優秀賞受賞。

2009年、『ギンイロノウタ』で第22回三島由紀夫賞候補。

2009年、『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。

2010年、『星が吸う水』で第23回三島由紀夫賞候補。

2012年、『タダイマトビラ』で第25回三島由紀夫賞候補。

2013年、『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。

2014年、『殺人出産』で第14回センス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞受賞。

2016年、『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。

今回の作品

今回の作品は「コンビニ人間」になります。コンビニにはまってずっと行ってる人とかではなく、コンビニに勤めてる人を主軸に進みます。


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コンビニ人間の登場人物

主に2人で物語が進みます。その2人に対して普通の人間が関わりながら普通とは何か?を考えながら話が進みます。

古倉恵子
36歳の独身女性で大学在学時にアルバイトとしてコンビニに勤務。コンビニのバイトが18年も続いている。
白羽さん
白羽さん:35歳の独身男性で就職をせずに生活をしている。お金がなくなれば親にもらいに行く。

だいたいのあらすじ

古倉は小さい頃は「変わった子」と思われていた。

道端に小鳥がなくなっているのを見ると周りの子供は悲しいんで泣いていた、だけども古倉は違った。よろこんでいたのだ。そして両親に「やきとりにして食べよう!」と言った。でも古倉にとってはやきとりが好きな父がいたからそれを提案したのだ。

でもそれは違うと両親が伝えた。

それでも古倉は学校生活でも同じようなことがあり両親が「ふつうの子」にしようとカウンセリングを受けさせた。そして古倉の中で見つけたのが学校生活の中で「黙って過ごす」とうこと。これをすることでトラブルが起きないから両親が「ふつうな子」だと思うと思ったからだ。

そこから仮面をかぶりだしたのだともう。

そして大学時代にコンビニにバイトをすることとなった。それはコンビニはマニュアルがあり、そのマニュアル通りに行動をすれば「異常なひと」ではなく、「ふつうな子」になると思ったからだ。

それが18年間も続いたある日。コンビニに新人のバイトが入ってきた。それが白羽だ。マニュアル通りにしなくて、しかもサボることが多い。そのくせに愚痴が多い。バイトの理由も婚活である。

しかしコンビニのバイトで問題を起こし店長が白羽をクビにしたのだ。それはお客さんである女性に対してストーカーみたいな行為を行ったからだ。

後日、古倉がバイトしてる最中に外を見ると白羽がいた。お客である女性を見張っていたのだ。そのことを古倉が注意をしに行って、話しをするためにファミレスに入った。そこから古倉と白羽の同棲の生活が始まったのだ。

ここからは本を読んでみよう!


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感想

普通なできごとと普通ではないことを比較しながら話が進んでいきます。

一般的にはみんなこう思っているだからあなたは変なんだ。だからもっと普通な一般的な考えで行動をしないとダメだよ。だからその一般的な考え方になるように私たちが手伝うよ。

これって本だけではなく日常でも普通にありえることなのかと思う。

仕事がいやだから仕事やめます。

わたしが4年目くらいに仕事をやめようと思ってますと相談しました。結果的には辞めてはいないですが・・・

でもその時にもどんな会社に行くの?と言われました。

ずっと転職もせずに1社で勤めてきた人からすると転職することは異常で1社に努めることは普通なのだと思います。その普通なことを正義のことかのように振りかざすのです。

そこから普通な子になるかならないかで違いがでますね。

周りの期待に応えようとする。

古倉さんが普通な子になろうと周りの期待に応えようとする。それをずっとやっていると本当の自分はなんのかがわからなくなるとの、それ以外のこと以外を考えなくなってしまうのだと思う。

期待に応えようとしないときにはただの作業になってしまう。ただの歯車になれることに嬉しさを感じてしまうのだ。だれかに評価をされたときとかに。

だからそれも伴わない場合、なにもできなくたってくるのだと思った。

少数派が生きにくい日々。

少数派が生きにくくなってしまっている。相手からの一般的な考えからの比較によって自分が見られる。そしてどのように見えたかを言われて変えた方が良いと言われる。

今思うと学校とかである多数決って合理性があるけども少数派のひとからすると多数派に合わせることが普通になってしまう。いまの考えは少数派なのだと。

そのときから考えが変わってくるのかなと。少数派から多数派の考えに変えていこうとか。

少数派にもなれていない自分ですが・・・

最後にひとこと

他人をじぶんの枠にはめ込み、その枠で相手を判断してしまう。でもそれではなくてその枠を知ることが大事なのだと思った。その枠を知ったことでじぶんの枠も広がると思うからだ。

この2人のやりとりとその周りの状況を関わりながらさくさく話が進んでいく。その中で時折でるフレーズに考えさせられることが多い一冊です。

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